- 2011-04-22 (金) 12:14
キンシャサノキセキ
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キンシャサノキセキ
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| 品種 | :サラブレッド | |
| 性別 | :牡 | |
| 父 | :フジキセキ | |
| 母 | :ケルトシャーン | |
| 毛色 | :鹿毛 | |
| 生産 | :Arrowleave Joint Venture | |
| 生誕 | :2003年9月24日 | |
| 馬主 | :吉田和美 | |
| 調教師 | :堀宣行(美浦 | |
| 現役期間 | :2005年~2011年 | |
| 生涯成績 | 27戦10勝 ※2010年11月現在 | |
| 獲得賞金 | :5億9942万円 ※2010年11月現在 | |
| 勝ち鞍 | :GI:高松宮記念、 GII:スワンステークス、阪神カップ |
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キンシャサノキセキ
2005年にデビューした、オーストラリアで生産され、日本で調教された競走馬。父はフジキセキ、母はケルトシャーン。
父の父に、サンデーサイレンス(アメリカで活躍した競走馬)がいる血統であることもよく知られている。
馬名の由来
「キンシャサの奇跡」にちなんでいる。
※1974年に、キンシャサ(旧国名ザイール/現在のコンゴ民主共和国の首都)で行われた プロボクシングの世界ヘビー級王座決定戦で、モハメド・アリが王座を奪還した試合の様子が 伝説化されたことを象徴する言葉。
戦績
オーストラリアで誕生後、堀宣行厩舎に入厩している。
デビュー戦は2005年の12月。新馬戦に五十嵐冬樹騎手と組んで出走し、見事初勝利で飾る。
年明けの2006年1月にも、ジュニアカップで2勝目を挙げる。その後は多くのレースで1番人気となるが、その期待に応じられないレースが続いた。(その原因として、気性からくる掛かり癖が指摘されている。)
しかし、その後2008年に転機を迎え、岩田康誠騎手と組んで、3月の高松宮記念で2着に、7月の函館スプリントステークスで1着になり、初めて重賞で勝利を飾る。
この年はその後、8月のキーンランドカップで3着、10月のスプリンターズステークスで2着になっている。
2009年は3月のオーシャンステークスと高松宮記念で大敗し、休養明けの10月のスプリンターズステークスでも最後の直線で失速して大敗するなど、戦前の予想で上位にランクされ、人気を集めていながらもその期待に応じられないレースを1年以上続けてしまうが、スプリンターズステークスから1ヶ月と経たないスワンステークスでは直線の競り合いを制して1着になり、12月の阪神カップでも直線の競り合いを制して1着になり、連勝を飾っている。
2010年に入っても勢いは止まらず、3月のオーシャンステークスでも直線の競り合いで昇り詰めて1着になり、重賞3連勝を果たした。
そして3枠6番という好枠での出走となった3月28日の第40回高松宮記念では、直線で先行したヘッドライナーを捉えて先頭に立ち、外から急襲したビービーガルダンをハナ差で抑えて、7歳にして初のGI勝利を挙げた。
南半球産の日本調教馬が日本のGI級競走に優勝するのは、グレード制導入後は初めてのことである。
秋は、疝痛のためセントウルステークス出走を取り消すなど出だしはあまりよくなかったが、スプリンターズステークスでは中団から追い込んで3位入線。結果的には、ダッシャーゴーゴーの降着により着順が繰り上がり2位となった。
マイルチャンピオンシップでは3番人気に支持されるも13着と大敗した。
同馬は現在7歳。高齢馬の強さ、活躍が目立つ昨今、古馬の人気が高まっており、キンシャサノキセキも先述のように高い支持を受けている。
人気に反比例した大敗が多いことから「人気過剰馬」と評されることもあるが、古馬ファンには評価が高く、次の出走も期待が寄せられていたが2011年3月28日に引退が発表された。
引退理由としてはそもそも種牡馬入りのプランがあり、故障ではないと関係者から語られている。
第40回高松宮記念 G1 キンシャサノキセキ
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